現実主義の米国デジタルテレビ構想

内田 斉(アライド・ブレインズ)

米国では、今年の秋から地上波デジタルテレビ放送が開始される。4月に開かれたNAB用語集への大会で各ネットワークの放送計画がかなり具体的に発表され、いよいよデジタルテレビという新しいメディアが現実味を帯びて姿を現してきた。私は、その直前の3月にデジタルテレビの準備状況について、米国の関係各社にヒアリングする機会があった。米国のデジタルテレビ動向については日本でもいろいろ報道されているが、実際にヒアリングしてみると、私が抱いていたイメージと異なる現状や、放送に対する日米の考え方の違いなどが明らかになり、大変興味深いものがあった。 そのいくつかを紹介したい。

HDTVへの積極姿勢

米国の主要放送局・ネットワークをヒアリングしてみてまず驚かされたのが、HDTV用語集へに対する積極的な姿勢である。もともと米国の地上波デジタルテレビ放送は、3大ネットワークがHDTV放送を前提として、デジタル放送専用の周波数帯の割り当てを連邦政府に要求してきたという経緯がある。ところが、実際に周波数が割り当てられると、いくつかのネットワークが「HDTVよりもSDTV用語集へ(現行テレビ程度の画質のデジタルテレビ放送)で多チャンネル放送をやりたい」と言い出して、大変な論争になった。結局、各ネットワークとも「ゴールデンタイムはHDTV、その他の時間はSDTVの多チャンネル放送」という放送計画を発表したものの、基本的にはHDTV放送に消極的だと伝えられていた。

しかし、実際に現地で話を聞いてみると、各ネットワークとも、HDTV放送に対して意外なほど楽観的かつ積極的であった。「確かに最初はHDTV受信機は高価だし、数も少ない。しかし、富裕層を中心に、HDTV受信機を購入する層は確実に存在する。5〜6年たてば、それなりに普及するだろう」というのが、大勢の意見である。この強気の予想をもとに、各ネットワークともHDTVをデジタルテレビ放送の目玉として積極的に位置づけようとしている。むしろ、HDTV先進国であるはずの日本の関係者の方が、HDTVの普及と将来性について悲観的な見方をしているという感じであった。

これは、バブル気味とも言われる米国の好景気が背景にあることは間違いない。米国では最近「金余り現象」が顕著になってきており、不動産価格も上昇しているし、高級商品がよく売れるようになっている。現在の好景気がしばらく続くなら、HDTV受信機も「高級指向」の波に乗って、結構よく売れるかも知れない。景気がいいから、広告収入の伸びも期待でき、番組制作費の上昇分も何とかカバーできる。その意味では、米国はHDTV放送開始の絶好の機会を捉えたと言えるだろう。この点、2000年にBS用語集へでデジタルHDTV放送を開始しようとしている日本は、景気の状況が米国とは大きく異なっている点に気をつける必要がある。たとえ米国でデジタルHDTVが離陸に成功したとしても、それをそのまま日本に当てはめることは危険である。

放送エリアの考え方

もうひとつ、米国の放送局でヒアリングして印象的だったのは、放送エリアについての考え方が日本と大きく異なることである。米国では、デジタルテレビの放送エリアについて「マーケット」という単位を使って話をする。例えば、「今年秋の放送開始時には3つのマーケットで放送を開始し、年内に10マーケット、1年後までに30マーケットまで拡大する。」という具合である。

この「マーケット」とは、直感的には「都市」と考えればよい。例えば、ロサンゼルス、ニューヨーク、シアトルといった大都市がそれぞれひとつの「マーケット」に相当する。つまり、米国の地上波放送とは、全米を面的にカバーするものではなく、スポット的に人口集中地域をカバーしていくものなのである。FCCは、「地上波デジタルテレビの保有世帯が2006年に85%を超えていたらアナログテレビを廃止する」と言っているが、これは必ずしも地上波デジタルテレビ放送が全米を面的にカバーすることを意味しない。なにしろ「30大マーケットで放送すれば、全米の居住世帯の50%以上をカバーすることができる」のである。おそらく、中小規模の都市まで含め、100?200の「マーケット」で放送すれば、85%という世帯カバー率は十分クリアできるだろう。もともと、広大な国土に人口集中地域が点在している米国では、地上波テレビが受信できないエリアが多い。国土の面的なカバーは衛星放送の役割であり、地上波デジタルテレビは「スポットの集合」でよいのである。

これに対し、日本の地上波テレビは、あくまで面的というか、「最終的には難視聴地域を解消する」ことを目標としている。重要なのは、スポット的なエリア展開を認めるかどうかで、デジタル化投資額の見積もりが大きく変わってくることである。米国の地上波テレビのデジタル化投資額は、日本の放送業界の試算から見るとかなり少額にとどまっている。同一人口をカバーするために必要な投資額の見積もりは、日本の民放の1/3とか1/5というレベルなのである。

これは、山間部の難視聴地域への対応まで考慮する日本の放送局と、人口集中地域など「採算がとれるマーケット」のカバーを中心に考える米国の放送局の考え方の違いによるところが大きい。もちろん、「放送の公共性」を重視する日本型の考え方にも理はあるが、衛星放送が登場している現在、現実的な地上波デジタルテレビの姿を描くには、アメリカ型の都市メディア的な発想が必要になってくるのではないかと思われる。

(「I-Media」1998年8月号掲載)