IT時代の政治 -ITとアメリカ大統領選挙-
鬼塚尚子(帝京大学文学部社会学科専任講師)
onizuka@main.teikyo-u.ac.jp
(↓前ふり)
「卒論なんてさあ、サイトから適当な情報と文章をcopy&pasteすりゃ、5分でできちゃうじゃーん」
…と、大学生らしき2人組が電車内で話しているのが耳に入った。『確かにそうだよなあ。文章取ってきて「ぺっ」て貼られたって、それがパクリかどうか確かめようがないもの…』などと心の中で思いながら、『それならなぜウチのゼミの学生はそうしないのだろう。相変わらずヘタクソな文章でレポートを出してくるところを見ると、かなり正直にやっているんだな。か、かわいい…』と一人で納得。というわけで、Web上の資料等を参考にしながらも、ヘタクソな文章で上記のテーマ『IT時代の政治』について、僭越ながらレポートしてみたいと思う。第1回目は、「IT時代におけるアメリカ大統領選挙」について。
さて、Information Technologyがこれほどまでに経済システムや日常生活に浸透した今、「政治」がそれをようやく本格的に活用しようとしているということは、むしろ意外なことではないだろうか。20世紀初頭から、メディア研究者の間では、情報技術の革新が政治的技法の革新をももたらすこと―例えば米ルーズベルト大統領のラジオ談話、あるいはケネディ対ニクソンのテレビ討論が世論形成に多大なインパクトを与えたこと―が知られてきた(1)。翻って、インターネットが政治、特に選挙に関するメディアとして登場したのはつい最近(1995年)のことであり、他の分野に比べてその活用が遅いことに我々は気付かされるのである。「政治」は何ゆえに、インターネットに対して「及び腰」であったのであろうか。そしてなぜ今、すさまじい勢いでそれを取り込もうとしているのであろうか。
政治過程においては、インターネットは主に、1.政党・候補者・政治的利益団体等が政策を伝えたり支持を呼びかけたりする為のメディアとして、2.報道機関や研究機関が政局や選挙情報・データを伝える為のメディアとして、3.有権者がそれらの政治情報を検索・獲得したり、政治的意見を相互に交換し合う為のメディアとして利用されることが多い。この他に、近年ではNGOや市民団体などが活動の基幹メディアとして利用したりすることなどが挙げられる。
すべての利用例でアメリカが他国を圧倒しているのは間違いないであろうが、ことに今年は大統領選挙に向けてのOn Line戦争がヒート・アップしている。検索エンジンで「アメリカ大統領選挙」というキーワードを入れようものなら、たとえアメリカ人でなくても、'Presidency2000'(2)の立派な「通」になれる。中でも興味深いのは、今年3月に行われた'Arizona Presidential Preference Primary'(アリゾナ州民主党大統領候補者指名予備選挙)における(公式では)世界初のインターネット投票の試みである。これはインターネットを利用した投票システムを提供する'election.com'(3)が枠組みを準備して実施されたものであるが、投票の結果、特にマイノリティ(黒人、ヒスパニック系、ネイティブ・アメリカンの人々など)の投票率が飛躍的に上昇したことがわかった。このことは、アメリカの選挙にとって、ふかーーーい意味をもたらすものである。
もともとアメリカは、「自由と平等」とを標榜する国でありながら、選挙の投票を巡る権利においてはマイノリティを意図的に差別する制度が一部残存することが指摘されてきた(4)。日本などと異なり、アメリカでは「選挙人登録」をしないと選挙で投票できない。したがって、「読み書きテスト」を実施したり情報を制限するなどして相対的に社会経済的地位の低いマイノリティの選挙人登録を妨害すれば、有権者に占める白人の割合が増し、その意見が主に政治に反映される仕組みとなるのである。政治参加を制限されたマイノリティの地位はさらに低下し、社会的不平等の悪循環が生じる。こうした点はもちろん「法」の手を借りて改善されつつあるのであるが、それでも白人に比べてマイノリティの投票率は大抵低いことが観察されてきた。
それが、インターネット投票を実施したところ、マイノリティの投票率は96年に比べて515%だの828%だのという高い割合で上昇したというのである(5)。マイノリティの支持者を比較的多く抱える民主党がこのような投票形式に積極的であることはうなずける話である。民主党は、まさに「新しい票を掘り起こした」のであるから。同様の文脈で、今回の大統領選では、各党各候補者のHP(6)でスペイン語表記に力が入れられていることも見逃せない。また、選挙では通常投票率の低い若い有権者のためのサイト(7)も充実してきている。インターネットを使って、これまで相対的に政治に関心を持たなかった、あるいは選挙に行かなかった層に焦点をあてる戦略は、民主党・共和党の両陣営で熱心に進められているようである。
このように、政治分野におけるITの発展は、比較的政治から遠いところにいた人々に丁寧に情報を届け、行動を促す作用があるといえる。エスタブリッシュメントに限定されていた情報や政治活動を開放するという点で、ITは確かに「民主主義」を伸張させる可能性がある。政治エリートや既得権益代表型の政治勢力は、必ずしも幅広い層の人々の政治参加を喜ぶわけではないから、ある意味ではそれが「政治」分野におけるITの進化を遅らせた原因であったかもしれない。しかし、そういう彼らでさえ、自らのWeb上で一般有権者のクリック一つでクレジット・カードを利用した政治献金を受けることができたり、あたかも「チェーン・メール」の送付のように支持者を簡単に募ることができる(各候補者のHPでは、電子メールを使った有権者自身による選挙キャンペーンのススメ―「あなたのお友達10人にメールを送ろう」などという指示―が展開されている)という魅力には抗し難いであろう。日本の選挙はこのようなアメリカの状況からはほど遠いところにあるが、そのエッセンスは、徐々に取り込まれることになるであろう。
・参考文献および参照サイト
(1)田中靖政「World Wide Web」『選挙研究』No.13(1998)p.179
(2)'Presidency2000' http://www.politics1.com/p2000.htm. 他の総合的な情報源としては、http://www.cnn.com/ELECTION/2000/など。いずれも多様なリンクが張ってあるので、これらからスタートしてみて下さい。
(3)'election.com' http://www.votation.com/
(4)湯淺墾道「投票権法1982年改正と選挙区割り」『選挙研究』No.13(1998) p.159
(5)'election.com' press releases.
(6)'Presidency2000'から様々な政党・候補者のサイトに行くことができる。アル・ゴア公式サイト 'Al Gore for President
Committee' はhttp://www.algore2000.com/(注:現在このURLは存在しない)、ジョージ・ブッシュ公式サイトは
'George W. Bush for President Committee' はhttp://www.georgewbush.com/
(7)上記ブッシュサイトに' Youth Zone'がある。また、将来の支持者を育てるためか、' Teenagers for Bush' サイトもある。カウントを見る限り、ここへは1日に2万件程度のアクセスがあるようである。