遠隔医療ビジネスの現状と展望

大野 勝利(アライド・ブレインズ)

遠隔医療とはなにか

遠隔医療とは、「映像を含む患者情報の伝送に基づいて遠隔地から診断、指示などの医療行為及び医療に関連した行為を行うこと」を指す。すなわち音声や文字による医師同士や医師対患者の医療相談は遠隔医療と呼ばず、患者に関わる画像情報を伝送することが遠隔医療の構成要件となっている。

この遠隔医療は単に医療機関同士だけでなく、在宅医療の支援も含まれる。また「医療行為」のみとせず、在宅介護なども対象となっている。そして医師以外に歯科医師や看護婦、検査技師、薬剤師などがそれぞれ許される範囲で遠隔地から指示を与える場合も含まれる。

遠隔医療の目的として、一、専門医を配置できないへき地等の病院で高度な医療サービスを提供するといったように、医療の地域格差を解消すること、二、人数の少ない病理専門医等が効率的に活動できるようになるという医療の効率化、三、患者が遠隔地の大病院に通わなくても質の高い医療を受けられるという患者サービスの向上、四、救急車など一般の診療が困難な場での医療サービス利用、といったことがあげられている。

一般に医療分野の画像は情報量が多いため、伝送をおこなうためには高速の通信網が必要となる。さらに画像を表示するために高い表示能力が求められるため、機器や通信コストが高額になってしまうという課題がある。しかし近年の情報通信技術の高性能化・低価格化により、遠隔医療をおこなうための機器もリーズナブルな価格で利用できるようになりつつある。このため、医療の現場においても遠隔医療に対する認知が高まってきている。

主な遠隔医療の実施分野としては、患部組織や細胞の顕微鏡画像をもとに病変の有無や病因を判断する病理診断、CT用語集へMRI用語集へによる患者の体内の断層写真や、単純X線などの放射線写真をもとに診断をおこなう放射線診療、皮膚の写真や動画像をもとに患部の診断をおこなう皮膚診断などの専門医療に加え、病院の診察室と患者の自宅等をテレビ電話でつないで診察や指導をおこなう在宅医療支援に対する取り組みも始まっている。

遠隔医療に関わる法整備

遠隔医療の実用化、ビジネス化の実現においては、遠隔医療に関する法制度・解釈が整理され、通信回線を利用した医療行為が一定の範囲で合法化されたことも大きな役割を果たしている。

医師法二〇条では「医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付し、自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証明書を交付し、又は自ら検案しないで検案書を交付してはならない」として診察をせずに治療することが認められていない。これまで遠隔医療は患者と直接対面しないことから「診察」ではないと解釈されていたが、平成九年末の厚生省健康政策局長通知により「・・・直接の対面診療による場合と同等ではないにしても、これに代替しうる程度の患者の心身の状況に関する有用な情報が得られる場合には、遠隔診療を行うことは直ちに医師法第二〇条などに抵触するものではない」として、遠隔医療が正当な医療行為の一種として認められることとなった。

このため、医用画像を伝送して遠隔地で診断する遠隔画像診断や、医療機関と患者の自宅をテレビ電話で結び、診察や指導をおこなう在宅医療を正当な医療行為として実施することが可能となった。

現状における遠隔医療の普及状況

このように遠隔医療を取り巻く環境整備が進んでくるにつれ、単なる研究や実験ではなく、実用サービスとして遠隔医療に取り組む例が現れてきた。

例えば北海道の市立根室病院では、二〇〇〇年七月に旭川医科大学の専門医から外来全診療科と手術室で助言を受けることができる遠隔医療システムを本格的に稼働している。実施内容は病理検査に加え眼底検査など顕微鏡による眼科診断、消化管の内視鏡監査などがある。また長野県の信州大学付属病院と大町市立大町総合病院との間では、二〇〇〇年十二月よりISDN用語集へで脳挫傷患者のCT画像を伝送し、テレビ電話を使って診断をおこなう遠隔診療システムの運用を開始している。これら大学病院などの公的医療機関が中心となって周辺地域病院などつながりの強い医療機関との間で遠隔医療をおこなう場合には医療サービスの質の向上や地域医療への貢献が主眼となるため、収益性についてはあまり考慮されないことが多い。

このように公的医療機関による取り組みが見られる一方、ビジネスとして遠隔医療に取り組む事例も現れてきている。

遠隔医療ビジネスへの参入形態としては、主に二つの形態があげられる。一つは遠隔画像診断受託サービス事業への参入であり、専門医のいない病院を対象に有償で画像診断サービスを提供する事業形態をとる。もう一つは遠隔画像診断をターゲットとした製品の提供であり、画像診断機器やコンピュータシステム、あるいはテレビ電話を用いる在宅医療システムなどが主要な市場となっている。

画像診断受託サービス

医療機関が撮影したCT、MRIなどの画像データを電子的に送付してもらい、画像診断をおこなう遠隔画像診断受託サービスを提供する企業が出現してきており、遠隔医療ビジネスとして立ち上がりつつある。この市場には大手企業やベンチャー、あるいは民間医療機関などの参入が進んでいる。

画像診断が先行して事業化されている理由としては、CTやMRI機器がかなり多くの病院・診療所に導入されていること、その一方で画像診断をおこなえる専門医が小規模の医療施設には常駐しておらず高度な画像診断がおこなえないこと、もともと医用画像がデジタル化されており遠隔地での診断でも診療品質が落ちないことなどから比較的ビジネスとして成立しやすいといった背景がある。

この遠隔画像診断受託サービスでは三社の主要な事業者があげられる。最も有力な事業者は警備事業者のセコムが提供している「Hospi-net(ホスピネット)」であり、またネットホスピタル、ドクタ―ネットも有力企業となっている。ただしこの三社以外にも多様な事業者が参入してきており、まだまだ新規参入が進んでいる。画像診断受託サービスの顧客としては現在約五〇〇件の医療施設が画像診断をサービス事業者に委託しており、これから市場として成長していくことが期待されている。

主要な遠隔画像診断サービス事業者
Hospi-net
(ホスピネット)
・セコムの提供する遠隔画像診断サービス 
・市場の6割を押さえるトップ企業
・常勤医4人、非常勤医21人
・ビデオキャプチャーによる診断
ネットホスピタル ・全国に11人の契約読影医
・ビデオキャプチャーによる診断
ドクターネット ・8人の放射線科医を抱える
DICOM用語集へ規格を採用

 セコムはもともと通信回線を利用してビルや一般家庭の遠隔監視サービスを提供しており、独自の情報通信インフラが整備されている。そこでこのインフラを活用してパイオニア的に事業化を進め、現在約市場の六割を占めるようになっている。サービス体制としては常勤医四人、非常勤医二十一人の体制を整えている。

ネットホスピタルは自社の読影医が画像診断をおこなう他、放射線読影医と契約してサービスを提供している。また営業活動については自社の他、医薬品卸業界第二位のスズケンから出資を得るとともに営業(拡張)業務の提携をおこなっている。現在は全国で十一人の契約読影医を抱えており、七十件の医療機関とサービス契約を結んでいる。

ドクターネットは営業活動をコダックの販売代理店であるエルクコーポレーションやオリンパス販売、松下電器の子会社であるメディカルプラッツ、そして独立系画像診断事業者のビースメディカルの四社に委託しており、営業力を重視した経営戦略を採用している。また技術面では遠隔画像診断支援システムに世界標準のDICOM規格を採用することで、他社との差別化を図っている。松下電器産業は遠隔画像診断の事業化に力を入れており、このドクターネットと共同事業形式により今年四月から医用画像遠隔診断サービス事業に参入した。松下電器では医用画像遠隔診断サービスの国内市場規模は二〇〇五年に四〇〇億円程度まで成長すると予想しており、この分野で市場シェア二〇%以上の獲得を目指している。

また、遠隔画像診断受託サービスには企業だけでなく中小の民間医療機関も参入している。具体的な例としては、放射線診断医が個人営業ベースで有償サービスを提供している「セキMRI診断ネット」などがある。この「セキMRI診断ネット」では、診断料金は保険点数の「コンピューター断層診断料」に基づいて、MRIは保険点数の六割(二七〇〇円)に、CTは保険点数の五割(二二五〇円)に設定している。

さらにはソフト開発のベンチャー企業であるグローバルソフトウエアのように、医療用の画像情報を蓄積する「画像電子アーカイブセンター」事業を検討している企業もある。これは中小医療機関のX線写真などをデジタルデータとして保存するとともに大病院に伝送して診断するサービスであり、単なる画像診断だけでなくデータ保管など病院内の情報システムのアウトソーシングをおこなうことを目指している。

遠隔画像診断関連製品の提供

遠隔医療に関する事業化の取り組みとしては遠隔画像診断受託サービスのほか、遠隔画像診断を実施するための機器や情報システムを提供する事業がある。医療用の画像診断機器は近年デジタル化が進んでおり、さらにDICOMフォーマットによる画像情報の標準化も進められている。このため医療機関が画像診断機器やデータ保存用のサーバー、画像表示をおこなうビューワー等による病院内画像情報システムを導入すると、そのまま遠隔画像診断にも活用できる。これら機器・システム構築の市場はまだまだ病院内システム向けが中心であり遠隔医療向けの市場としては小さいが、いくつかの企業が遠隔医療に焦点を絞った機器・システムを提供している。例えば島津製作所は、大学病院などと周辺の病院や診療所をISDN回線で接続する「遠隔画像診断システム」の本格販売に乗り出している。

またテレビ会議システムを利用した在宅医療システム分野にも、三洋電機、富士通のような大手企業から中小ベンチャー企業まで、いろいろな企業が参入してきている。この在宅患者向けシステムの市場は二〇〇〇年には約四十億円の規模だが、二〇〇五年には約五百億円に広がると想定されている。

遠隔医療ビジネスの発展に向けた課題

遠隔医療ビジネスに参入する企業の数が増えてきており、またそれを支える技術や機器のコストも毎年低下し続けている。しかし医療全体の中ではまだまだマイナーな位置づけであり、今後市場として大きく成長していくためには解決していくべき課題も残っている。

遠隔医療ビジネスにおける最大の障害は、遠隔医療を医療機関の収入に結びつけるための保険医療制度の整備が遅れていることである。一般に医療サービスの費用は健康保険から支出され、消費者すなわち患者は費用の一部を負担するにすぎない。このため遠隔医療など一般的な治療以外のサービスについては、その費用が保険によってまかなわれない限り患者が自己負担で追加の費用を払うことがあまり期待できない。

現在の診療報酬の枠組みでは遠隔医療に対しても保険支払いを認めているが、その支払額はあくまでも通信回線を利用しない一般の医療と同額であるため通信回線の利用コストをまかなうことが難しい。このため医療機関向けに遠隔画像診断サービスを提供しようとする事業者は、通常の診療報酬の中で通信コストも含めてコストの回収をおこなえるようネットワーク費用を何らかの方法で低く抑えるか(セコムは遠隔警備のためにネットワークインフラを整備しており、これを活用することによって低コストでネットワークを利用できる)、顧客である医療機関が診療報酬以上の支払いをおこなえるような付加価値を示す必要がある。

課題解決に向けた動き

このように遠隔医療ビジネスの普及に向けた課題はまだ残されているが、厚生省や学会、企業などによりでも議論が進められており、解決の道筋も見えつつある。

まず遠隔医療の保険適用の問題については、通信費用も含めて診療報酬として請求できるよう厚生省によって制度の見直しに着手されつつある。例えば平成一二年度の診療報酬改定により、病理組織の迅速顕微鏡検査について遠隔診断をおこなう際の保険算定が新たに追加された。これにより手術中に病理検査を実施する際、遠隔画像診断システム等を利用してほかの保険医療機関に頼んだ場合に二一〇〇点(二万一千円)を保険請求することができ、この金額の一部を遠隔画像診断受託事業者への支払いに充てることができるようになった。

次に通信コストの問題だが、インターネットの普及、特にADSLや光ファイバーなどを利用した安価な高速インターネットが普及してくることにより一挙に解決することが期待できる。今のところ高速インターネットを常時接続して利用できる地域は限られており、またインターネットは不正アクセス等の問題があり、医療データ通信に求められる情報セキュリティに不安がある。しかしADSL用語集へのような1.5Mbps以上の伝送速度を月額数千円〜数万円程度で利用できるようになれば、遠隔医療における通信コストもほとんど無視できるレベルになる。さらに今後遠隔医療のニーズが強まっていくにつれて、高速インターネット技術を用いた医療用プライベートネットワークが普及してくることも考えられ、セキュリティ面でも安心して利用できるようになるだろう。

このように遠隔医療を取り巻く環境が整備されていくにつれ、近い将来遠隔医療ビジネスが大きな市場に成長していくとともに医療の質の向上やコストの低減にも結びついていくことが予想される。遠隔医療に関わる制度面、技術面で関係機関や企業の努力が進められ、遠隔医療が日常的な医療の一部として誰もが容易にその恩恵を得られるようになることを強く期待したい。

技術と経済(科学技術と経済の会)2001年7月号より転載